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7 烙印

食堂に入るとケンタがすでに居た。
「よぉ」
とオレは言って隣に座った。
ケンタは逃げることはなかった。
「最近小食だな、ダイエットでもしてるのか?」
あんなことがあった後にしてはこんなジョークが言えるのか。驚いた。
しかし、ニコリともしない。
「あぁ、おかげで体が軽いよ」
オレは笑ってやった。
「昨夜マサフミが」
オレが言い出すとケンタはびくっとした顔になった
「フラレたって泣いてたぜ」
「冗談はもうやめよう」
ケンタは真顔で言った。
「今朝はちゃんと食えよ、テツト。とってやろうか?なにがいい?メシは大盛りか?卵はどうだ?味噌汁もよそってやるよ。
オレの前でちゃんと食ってみろ」
「なにムキになってんだ?」
「オマエら」
ケンタは続きを言おうとして詰まった。
「なんだ?」
オレがそう言い返し顔を近づけるとケンタは一瞬目を伏せたがまるで一生分の勇気を奮い起こすかのように視線を元に戻し言った。
「オマエとちゃんと話がしたい。今夜、オレの部屋にひとりでこい」

                          ☆


「えっ?!」
タカヤとマサフミは揃って声をあげた。
「ケンタのヤツなに考えてんだろ」
タカヤがけげんそうな顔をした。
「チャンスじゃないか、テツト、ボクもいっしょに行きたい。こんどはボクの番だろ?」
「マサフミぃ、オマエ、今朝ちゃんとテツトから分けてもらっただろ、昼間もロッカールームでさ。少しガマンしろよ」
タカヤがまるで兄のようにたしなめる。オレは可笑しくなった。
タカヤ、違うんだ。マサフミは「本能」に目覚めたのさ。
「狩りをしたくなったんだ、そうだろ?自分の獲物が欲しいんだよな」
そういうとマサフミは目を輝かせた。
「そうか、、そうだよ、そうなんだ、ケンタはボクのものだよね」
「ちゃんと話をつけたらまわしてやるよ」
オレはそう言ったあと、高揚してくる気持を抑えられなくなり頬がゆるんだ。
ケンタのヤツ、話がしたいって?
なにを話し合おうって言うんだ?
オマエがドアを開けた時点でもう罠にかかったも同然だ。
「でも心配だ、テツト。なにかたくらんでるかも」
「ケンタになにができるっていうんだ?タカヤ、気にしすぎだよ」
せっかくのあちらさんからのご招待なんだ。お断りすると失礼だろ。
オレは「それでも、、」とくちごもるタカヤに笑って部屋を出た。

ノックをするとドアはすぐ開いた。
あんまりあっけないので物足りなささえ感じたほどだ。
「座れよ、ベッドでいいなら」
「あぁ」
オレは足を一歩進めた。
いや、進めようとした。
しかし、足が動かなかった。
ケンタのベッドの上に撒き散らかしてあるモノが目に入ったからだ。
それは細長い棒が十字に組み合わされていた。
それがいくつも無造作に放り投げられている。
「なんだ?こりゃ」
オレは少しおどけたように言った。
そうしないと気取られそうだったからだ。一瞬うろたえたことを。
「オマエいつ宗旨変えしたんだ?」
オレは笑ったがケンタは無表情のまま言った。
「座れよ遠慮すんな」
あぁ、座るとも。
こんな、、バカバカしい。
「オレたち」は十字架をつきつけられると恐れおののくのだ。
おのれの存在の罪深さに、おぞましさに。
聖なるもの。清らかなるもの。その神々しい光りに目が潰され、ひざまずくのだ。
そう思ってケンタは教科書通りの対抗策にうってでたわけだ。
バカか。
オレは日本人なんだぜ。それ以前に信仰心なんてまるでない。
こんなものは信じているからこそ怖いのだ。
ナンセンスだ。
「ははは」
オレは笑った。大きな声で。そうさ、そうしないと、
怖かったからだ。
どうしてだ?どうして怖い。
バカげてる。
座ればいいんだ。
でもどうしてもできない。
肌が粟立つようなこの居心地の悪さはなんだ?
こんなものナンの意味もないはずだ。
「テツト」
ケンタの声がする。
頭に響く。
こめかみが痛い。
ぴりぴりと脳に電流が流れるように。
「怖いのか?こんなものが怖いのか?」
やめろ!
「オレだってバカげた幼稚な考えだと思ってた。こんなもの何の力にもならないと」
やめろってば!
「でも、オマエは怖がってる。たったこれだけのモノなのに怖いんだ。これが象徴しているものが怖いんだ。もうそれで充分だ。
やっぱりオマエらは邪悪な存在なんだ。居てはいけないんだ。間違ってるんだ。テツト」
ケンタがオレのほうに向かってくる。
オレはその分思わず後ろに下がった。
くそ!どうしてだ?どうしてこうなるんだ?
「間違ってる。でも、それならその間違いを正せないのか?やりなおせないのか?」
やりなおす?ヤリナオス?
元の人間に?還るのか?できるのだろうか。
ケンタが近づいてくる。
「なんとかなるならオレはなんでもする。テツト、どうしたらいい?オレはこんな姿のオマエを見たくない。タカヤもマサフミも。
オレたちはいっしょにここに来た。生まれたところも育ったところも違うけどここで出会えた。同じ夢を持ってる。
それに向かってここで走っている。これからもずっとずっといっしょに走っていきたいんだ。テツト」
ケンタはオレの腕を掴んだ。
電流が体中を駆け巡った。目の前のケンタの顔。それは「獲物」でもなんでもなく、オレの「友」であるケンタだった。
ヤリナオス。
できたら、それができたら。。


「平伏すのか?」
その時声がした。
「テツト、コイツに平伏し、ひざまずくのかテツト」
プライドはどうした。わたしたちの闇の素晴らしさは光りごときに負けるのか?
オマエは自分を否定されたのだ、怒らないのか?
オマエは間違いだと言われた。そうなのか?認めるのか?

男の声だ。
オレはすがった。その声に。
助けにきてくれたのだ。
ケンタの首筋のくぼみが目の前にあった。
オレは、
オレは、
「間違ってなんかいない!」


叫んだと同時にオレはケンタに抱きついた。
それから、
それからどうしたらいいんだ?
オレは聞いている。つい数時間前までは知っていたのに。
アソコに食らいついたらいいんだ。あの柔らかいソコに歯をたてて、、、。そうだやり方も順番も知っている。
だから迷うことはないのに。
「テツト?」
ケンタがオレを呼ぶ。優しい声だ。
ケンタの手が背中に回っている。
たくましい腕だ。
ヤリナオセルナラ・・・・。

その時もう一人の声が響いた。
叱責するようなそれにムチ打たれたようだった。
オレははっと我にかえった。
もう戻れないのだ。引き返せないのだ。
やりなおすなんて無理だ不可能だ。
オレはこのまま生きていかなければ、生き延びていかなければならないのだ。
目の前にある、、、あのくぼみ。。
そう、これが欲しかったのじゃなかったのか?
ケンタの顔が引きつった。ケンタの瞳の中に映るオレ。
それはもう「鬼」に変わっていた。


あともうすぐで届く。あの甘く熱くしたたる果汁が詰まっているアソコへ。
ケンタの声が足が腕が頭がオレを撥ねのけようともがいている。
もうすぐだ、もうすぐ。
だが届かなかった。
オレは雷に撃たれたように体が反り返った。
部屋中に響くその旋律が鼓膜をつんざく。
止めてくれ!
透き通る歌声が神を称えている。許しを乞い、導きを願っている。
神、善、光り、聖、・・・。
オマエは違う。
魔、悪、闇、忌、、、。オマエはこの世にいてはならない。
ひとつひとつの音がオレの体に突き刺さる。
ひたいが熱い。血管が盛り上がり皮膚を突き破り吹き出しそうだ。
クロス(十字)の形に裂けてゆく。
あぁ。。刻印。烙印。
赤黒い十字がひたいに焼き付けられる。熱い。

やめてくれ!

                 
                    ☆


こんなことまでする気はなかった。
いやこんなに傷つけることになるとは思わなかった。
オレは「讃美歌」がかかっっているCDを止めた。
そして大きく息を吐いた。
間に合った。
テツトのギラギラと充血した目、耳まで裂けたかのような真っ赤なくちびる。
もう完全にオレの知ってるテツトじゃない。
わかっていたがやはり目の当たりするのは辛かった。
テツトはそのまま息が詰まって死んでしまうのでないかと思った。
喘ぐように胸を、喉をかきむしっていた。
オレの部屋から出ようとドアにツメをたてていた。
オレはただ見ているだけで何もできなかった。
あんなに苦しんでいたのに。
テツトは転がるようにしてオレの部屋から消えた。
どうなっただろう。
あのまま死んでしまったのだろうか。
オレは一瞬、そのほうが幸せなのではないかと思いそんな自分を責めた。
オレは、あのまま身を任せたらよかったのか?
テツトはオレに抱きついてきた。
それは助けてくれと言ってるようだった。
あの悪鬼の形相は怖いというより哀しかった。
オレにできることは、なんだろう。
そう思ったとき泣いている自分に気がついた。


つづく



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